東京地方裁判所 昭和38年(ワ)2125号 判決 1966年12月17日
原告 財団法人牛ケ淵報恩会
被告 国
訴訟代理人 古館清吾外四名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする
事実
原告訴訟代理人は「別紙一物件目録記載の建物(以下本件建物」という。)につき、原告が所有権を有することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。
一、本件建物は、その竣工以来財団法人軍人会館(「以下軍人会館」という。)が所有して維持管理してきたところ、昭和二〇年八月三一日に軍人会館が解散し、その決議と主務官庁である復員省の許可により、原告が昭和二一年四月一五日に無償譲渡によつてその所有権を取得したものである。しかるに、昭和二四年八月二三日付連合国最高司令官総司令部民間財産管理局APO五〇〇日本政府法務府あて「軍人会館に従前所属していた資産の回収の件」覚書その記載事項は別紙二記載のとおりである。)にもとづいて被告の日本政府が」解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令」昭和二三年八月一九目政令二三八号)の一部を改正(昭和二四年九月八日政令三二七号)したことにより、軍人会館は、右政令の適用については同政令第一条の解散団体とみなし、軍人会館が本件建物についてした右無償譲渡処分は無効とし、かつ、本件建物の所有権は右改正政令の公布施行日たる昭和二四年九月八日をもつて被告に帰属した旨を原告に通告してきた。
二、右政令三二七号の制定経過はつぎのとおりである。
(1) 被告の機関法務府民事局は、連合国最高司令官総司令部の示唆によつたことでなく、自発的に本件建物を国庫に帰属させるのを適当と考えて調査していたのであるが、昭和二四年七月一九日に民事法務長官の決裁をえて具体的方法を被告の内部的意思として決定した。
(イ) 右決定に係る被告の内部的意思によれば、被告はすでに、軍人会館が昭和二〇年八月三一日に解散してその登記を了していた事実を知悉しながら、あえてこれを団体等規正令(昭和二四年四月四日政令六四号)二条六号に該当するものとして、同令四条により解散させようとするものであつて、このような解散を必要と考えた被告の意思は、靖国神社に向つて左右両側に相対して軍人会館と偕行社がそれぞれ本件建物と偕行社建物と所有していたところ、すでに偕行社が解散団体の指定を受けているのに、これときわめて類似した団体である軍人会館が右指定を受けていないのは一般の不審を招くというにある。(しかし、偕行社は当時現職軍人をもつて組織された友誼団体であつて、軍人会館とは全く異質のものである。)
(ロ) 被告の法務府民事局は、右のことにつき解散団体の指定等の主管事務当局たる法務府特別審査局に連絡したのであるが、軍人会館が、すでに自発的に解散し、日時も相当経過していること及びその主要役職員の追放も終了していること等の理由で、特別審査局は、今さら解散の指定をするという民事局案には賛成しない旨の申出をしてきた。
(ハ) そこで民事局は、さらに特別審査局に対して再調査と再考慮を要求するとともに、もし、特別審査局が団体等規正令四条によつて軍人会館の解散を指定しない場合は、法務府は自己の意見に従つて昭和二三年政令二三八号「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令」の一部を改正して、原告の所有する本件建物を日本国庫に帰属せしめるのが適当であるとし、その政令改正案までも具体的に起案した。
(ニ) 法務府民事局は昭和二四年八月八日に右の政令改正の方法による本件建物の没収企画を連合国最高司令官総司令部民間財産管理局などに発送し、さらに同年八月一三日に右司令部当局に対して特別審査局が団体等規正令によつて軍人会館の解散の指定をしない方針であることを理由にどうしても本件建物を国庫に帰属させる前提として「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令」第六条に規定する保全処分をしておくべきである旨の要請までした。
(2) そこで、日本政府法務府に対する連合国最高司令官総司令部民間財産管理局APO五〇〇日本政府法務府あての覚書「軍人会館に従前所属していた資産の回収の件」があつたのであるが、右覚書により本件建物の回収に関する法務府の決定が承認され、かつ当該資産の接収に関する政令の公布前において資産の取引及び散逸を防止するため本件建物について「解散団体財産の管理及び処分等に関する政令」(昭和二三年八月一九日政令二三八号)六条を適用すべきことが指示されたので、被告の日本政府は、いわゆるポツダム政令として、前記改正政令すなわち「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令」の一部を改正する政令」(昭和二四年九月八日政令三二七号)を公布施行するにいたつた。
三、しかし、右改正政令三二七号の公布施行にもかかわらず、これによつて本件建物の所有権は国庫に帰属するにいたらなかつた。
(1) 日本国が昭和二〇年九月二日に受諾した降伏文書には、「連合国最高司令官が本降伏実施のため適当なりと認めて自らし又はその委任に基づき発せしめる一切の布告、命令、指示を遵守し、かつこれを施行すべきこと」及び「ポツダム宣言の条項を誠実に履行すること並びに右宣言を実施するため連合国最高司令官又はその他特定の連合全国代表者が要求することあるべき一切の命令を発し、かつ一切の措置を執ること」を命じているところ、連合国最高司令官総司令部APO五〇〇昭和二三年三月一日付日本政府あての覚書「解散団体の所属財産の処分に関する件」AG〇九一昭和二一年一月四日付日本政府あて覚書「或る種の政党、政治的結社、協会及び其の他団体の廃止の件」などはまさに右にいう布告・命令・指示である。しかし、本件建物の所有権を国庫に帰属させたとする改正政令三二七号制定行為は、右にいう布告-命令・指示のいずれにもとづくものでもない。すなわち、日本政府の法務府民事局が本件建物を国庫に帰属させようと企図してその謀略的企図を執拗に連合国最高司令官総司令部当局に働きかけ、この働きかけによつて一管理官代理歩兵大佐E・O・ミラーが「最高司令官に代りて」の資格表示もない、たんに日本政府の法務府の決定を承認するという内容の覚書をよこしたのであつて、このような日本政府当局者のイニシヤチーブによるものまで右にいう命令・指示に含まれる余地はないにもかかわらず、日本政府が連合国最高司令官の自ら発し又はその委任に基づき発せしめられた布告・命令・指示でもないものを自ら進んで連合国最高司令官の命令であると誤認した形をとつて、これに基づいて改正政令三二七号を公布施行したのである、いいかえると、日本政府の法務府当局の前記謀略的企画の真実相をカムフラージユするに右覚書及び改正政令の発布という形式を籍りたにすぎない。したがつて、右改正政令自体として無効のものである。
(2) 改正政令三二七号の公布施行により本件建物の所有権を国庫に帰属させたとする被告の一貫した行為は、まつたく日本政府法務府の企画した謀略であつて、占領目的遂行のためにした連合国最高司令官総司令部の指令によるものとは全的に異るのであつて、このことは実質的に検討してみても、次のように明らかである。
(イ) 日本政府の法務府は、偕行社が解散団体としてその指定を受けたにもかかわらず、軍人会館が解散団体の指定を受けていないのは片手落ちであり一般の不審を招くことになるという意見のもとに本件建物の没収を企図していることは、さきにもふれたところであるが、このような形式的な実質空虚な理由は理性を基礎づける理由となりえない。思うに、偕行社は現役陸軍軍人の懇親的集会所として設立されたものであるのに対し、軍人会館は我が国の無名戦士の墓にも相当すべき靖国神社に参拝する軍人遺家族その他関係者の宿泊所であつて、ポツダム宣言にいう軍国主義の駆逐という問題とは関係がないからである。
(ロ) 本件建物は、すでに昭和二一年に厚生大臣の認可を受けた社会事業厚生福祉法人である原告の所有に係るもので、昭和二二年いらい進駐軍に賃貸して本件没収にいたるまで平穏に賃料を受領していたし、日本政府法務府の特別審査局も軍人会館が自主的に解散して四年を経過した昭和二四年八月に至つていまさら軍人会館を解散指定する方針はないとの態度を持していることにてらしても、この時点に及んで本件建物を没収する合理的理由を見出しえないところである。
(ハ) また、降伏文書は「降伏実施のため適当なりと認め」た場合と「ポツダム宣言の条項を誠実に履行実施する」場合に限つて、連合国最高司令官が布告・命令・指示をなしうることを定めているから、占領目的遂行上必要があるという実質的理由のない限り、改正政令三二七号の公布施行の基盤は維持されないというべきところ、本件建物は右述のように占領軍のために平穏に賃貸されて占領目的に寄与していたものであるから、これ以上さらに日本国が没収することが降伏実施のため適当なりと認められる合理的理由はないはずである。ポツダム宣言は「軍国主義が世界より駆逐せられる」ことと「日本国国民の間における民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障礙を除去すべ」きことを明示しているが、まして私有財産を無償没収してよいとはいつていないのであるから、このことと本件建物を右の状態時に至つて没収することがいかなる実質的関連をもつか全く理解できないところである。
(3) 被告は、今日に至つてもなおかつ軍国主義的反民主主義的団体の物質的基礎を剥奪することを連合国最高司令官覚書の一環をなすものであり、かかる措置こそは連合国最高司令官の主要任務の一つであることを考えられると解しているけれども、この場合反民主主義的団体とはいつたい誰を指すのか、そもそもポツダム宣言又は降伏文書のどこから反民主主義的団体の物質的基礎を剥奪するということが出てくるのか、かえつてポツダム宣言に「言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立せらるべし(一〇項」という言葉を見出すのであつて、軍人会館が自発的に解散し、本件建物が民主主義的な厚生施設の財団法人たる原告の所有に移されて四年を経過したのちに及んで今更軍人会館を解散団体とみなすという技巧は、軍国主義的団体を解散させるという目的を離れてひたすら原告の私有財産である本件建物の没収という目的への積極的企画の執念さによつてその没収目的を達する手段として仕組んだ法務府の陰謀以外のなにものでもない。
(4) 要するに本件建物の国庫帰属は断じて日本国がポツダム宣言の受諾に伴なつて必要があつた行為ではありえず、日本国憲法施行後において憲法第二九条が保障する(ポツダム宣言も一〇項で宣明する)私人の所有財産を無償で国庫に没収したものというべきであるから、法律上無効であること明らかである。
四、そこで、本件建物は、いまだ解散団体の指令を受けていない上に、昭和二一年三月二六日に厚生大臣の設立認可を受け、同年四月一五日に復員省の認可をえてその所有権を取得している原告の所有のままなのである。もつとも右所有権取得についてはまだ登記を経由していない。しかし、前記覚書による接収であるとして、右一にかかげる通告いらい本件建物の所有者をもつて任じている被告に対して、原告はこれを争うものである以上、右登記がなくてもこれを対抗しうるこというまでもない。よつて、本件建物が原告の所有であることの即時確定を求める。
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁及び被告の主張として、次のとおり述べた。
一、原告主張事実一は認める。
二、原告主張事実二及び三に対する被告の主張
(1) 原告は、法務府において、総司令部の示唆によることなく、自発的に本件建物を国庫に帰属させることが適当であるとしこれが帰属のための計画を立て、形式的に総司令部の承認をえたにすぎないのであるから、日本政府が本件建物を国庫に帰属させた行為は「ポツダム宣言の受諾に伴つて必要のあつた行為」ということはできない旨を主張するようである。
本件建物を国庫に帰属させるについて法務府が、これが帰属のための計画を立てたうえ、連合国最高司令官の指示を求め、これを国庫に帰属させたものであることは一応認める。しかし、軍国主義的団体の解散とその財産の処分は「好ましからざる人物の追放」とともに、占領軍の重要占領政策の一としその直接管理方式の下に実施された施策であつて、日本政府が占領軍の指示の下にその政策の実現のために行つた行政は、日本政府の固有の行政として行なわれたものでなく、すべて連合軍最高司令官の直接の権威の下に日本国憲法外の権力の発動として行なわれたものである。そして本件の旧財団法人軍人会館の財産の国庫帰属もかかる権力の発動として行なわれたものである。すなわち、軍人会館は、本来連合国最高記令官の要求にもとづく団体等規制令により解散団体の指定を受くべき団体であり、かかる指定により本件建物は当然国庫に帰属すべきであつたのであるが、あえてかかる指定をしなくても本件建物を国庫に帰属させる措置をとりえたので、この点につき、連合国最高司令官の定めた手続にもとづいてこれが指示を求め、この指示により本件建物を国庫に帰属させたのであるから、かかる措置は「ポツダム宣言の受諾に伴い連合国最高司令官の為す要求に係る事項を実施するための必要な行為」であることに疑いはないものと信ずる。
(イ) わが国から軍国主義等を除去するための連合国最高司令官の要求およびこれに対する日本政府の措置について。
わが国の軍国主義ないし軍国主義的勢力等を除去することが連合国最高司令官の重要な占領目的であり(ポツダム宣言六項)、降伏文書に調印した日本政府もまたかかる占領目的達成のための連合国最高司令官の要求を遵守し、実施する責務を負つていたことは今更論ずる必要もないものと考える。
連合国最高司令官はかかる占領目的達成のために、日本政府に対し、
昭和二一年一月四日付「或る種類の政党、協会、結社その他の団体の廃止に関する覚書」を発して軍国主義的団体等の解散等を命じ、地方かかる解散団体の財産の処分に関し、昭和二三年三月一日付「解散団体に所属する財産の処分に関する覚書」を発してかかる財産を日本政府に移管させることなどを要求したのである。
日本政府は、連合国最高司令官の右要求を実施するために、昭和二〇年九月二〇日勅令五四二号「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件」にもとづき、軍国主義的団体等の解散等に関しては、昭和二一年勅令一〇一号「政党、協会その他の団体の結成の禁止等に関する件」を公布し、ついで同二四年四月四日政令六四号団体等規正令を公布して、右政令を改正し、池方解散団体の財産の処分に関しては、同二三年八月一九日政令二三八号「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令」を公布したのである。
(ロ) 右政令二三八号により本件建物を国庫に帰属せしめるに至つた経緯。
軍人会館は、その設立目的が、国防思想の普及び一般軍人及び其関係者の便宜を図ること等にあつた(甲第二号証)から、当然団体等規正令二条六号所定の団体に該当するものといえる。したがつて、財団法人軍人会館がすでに自発的に解散していたことは原告主張のとおりであるが、同令四条二項の規定により、法務総裁が解散団体の指定をすると、その指定によつて同軍人会館は解散したものとみなされる立場にあつたのである。そして、かかる指定により、解散したものとみなされると、財団法人軍人会館の所有であつた本件建物は、右政令二三八号「解散団体の財産管理及び処分に関する政令」一ないし三条の規定により当然国庫に帰属することになつていたのである。
しかるに、「団体等規正令の規定により各種団体の解散等に関する事項」を所管する法務府特別審査局(昭和二二年一二月一七日法律一九三号法務省設置法七条三項一号)は、財団法人軍人会館がすでに解散し、同団体の役員も追放されている以上、団体等規正令の観点からは、今更あえてこれを同令四条の規定によつて法務総裁が解散団体に指定する必要もあるまい、との見地から、同令によつて積極的に解散団体指定の手続をとることを躊躇したのである(乙第三号証)。
しかし、かかる指定がない以上、「解散団体の財産管理及び処分等に関する政令」一ないし三条の規定は当然には適用されないことになり、その結果、本件建物に対する財団法人軍人会館の処分行為は適法として効力を維持し、結局、同建物は国庫に帰属しないことになるのである。
かかる結果は、結局、ポツダム宣言および右占領目的達成のための連合国最高司令官の要求ないし、これにもとづく団体等規正令ないし右政令の趣旨等を総合的に勘案すると、当然片手落ちのそしりを免れない。
そこで、「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令の規定により国庫に帰属した財産の管理等に関する事項」を所管する法務府民事局(同設置法八条三項八号)は、これを懸念し、本件建物の国庫帰属につきとりあえず、右「或る種類の政党、協会、結社その他の団体の廃止に関する覚書」第八項に則り、本件建物を国庫に帰属させるための計画を立て、かつ右経緯を明らかにして連合国最高司令官の指示を求めたのである(乙第三証号の一のうち「財団法人軍人会館の調査について」第一項)。そして右法務府の計画が、総司令部民間財産管理局発昭和二四年八月二三日付「軍人会館に従前所属していた資産の回収に関する覚書」により承認され、その結果日本政府はこれが実施を要求されたのであつて、右要求は、日本における軍国主義的、反民主主義的団体の物質的基礎を剥奪することを目的とした連合国最高司令官の一連の措置の一環をなすものであり、かかる措置こそは連合国最高司令官の主要任務の一つであると考えられ、かかる見地から連合国最高司令官が右要求をなすことを「適当と認めた」ことはけだし十分に理由があることだとしなければならない。
そこで日本政府は、右覚書を実施するために、右昭和二〇年九月二〇日勅令五四二号にもとづき、同二四年九月八日政令三二七号「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令の一部を改正する政令」を制定公布して、本件建物を国庫に帰属させる措置を講じたのである。
(ハ) 以上の次第であるから、本件建物を国庫に帰属させた日本政府の措置は、明らかに「ポツダム宣言の受諾に伴い連合国最高司令官の為す要求に係る事項を実施するための必要な行為」ということができるのである。
(2) 原告は、さらに右総司令部民間財産管理局発昭和二四年八月二三日付「軍人会館に従前所属していた資産の回収に関する覚書」には、民間財産管理官代理名のみが表示され、最高司令官に代りとの肩書を欠いているから、右覚書をもつて連合国最高司令官の要求ということはできない旨主張する。
しかし、民間財産管理官が連合国最高司令官総司令部の機関であり、かかる機関として日本政府に対して右覚書を発したことは、右覚書の記載事項(別紙記載のとおり)自体から容易に看取しうるのである。されば、右覚書が連合国最高司令官の要求であることは明らかである。
(3) 以上の次第であるから、原告の主張はいづれも理由がなく、これを前提とするその余の主張については論ずるまでもなく失当というべきである。
証拠関係<省略>
理由
軍人会館が昭和二〇年八月三一日に解散し、その所有に係る本件建物について、軍人会館の決議及びこれについての復員省の許可にもとづき原告が昭和二一年四月一五日に無償譲渡によつてその所有権を取得したところ、昭和二四年八月二三日付連合国最高司令官総司令部民間財産管理局APO五〇〇日本政府法務府あて「軍人会館に従前所属していた資産の回収に関する件」覚書にもとづいて、被告の日本政府が「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令」(昭和二三年八月一九日政令二三八号)の一部を改正(昭和二四年九月八日政令三二七号)したことによつて、軍人会館は右政令の適用については同政令一条の解散団体とみなし、本件建物についての前記無償譲渡の処分は無効とし、かつ本件建物の所有権は右政令三二七号の公布施行日である昭和二四年九月八日をもつて被告に帰属したとなした事実は当事者間に争がない。
原告は、本訴請求の原因として、本件政令三二七号の無効を主張して縷々述べるけれども、右主張は、要するに被告の日本政府がポツダム宣言の受諾に伴い連合国最高司令官のなす要求に係る事項を実施するため特に必要がある場合にあたらないのに、あえて本件政令三二七号を制定公布したということにつきるから、これにつき以下考察する。
本件覚書にもとづき本件政令三二七号が制定されるにいたつたことはさきに認定したとおりであり、本件覚書の記載事項が別紙二記載のとおりであることは当事者間に争のないところであつて、右の認定事実に成立に争のない<証拠省略>の各記載をあわせると、連合国最高司令官は、本件覚書をもつて、軍人会館に従前所属していた本件建物及びその他の資産については、すでに日本政府法務府が決定した資産回収の方針企画を承認することとして、日本政府が「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令」(昭和二三年八月一九日政令二三八号)の一部を改正する方法によりその国庫帰属を実施すべきことを要求したことが認められる。もつとも、本件覚書は、管理官代理歩兵大佐E・C・ミラーがこれに署名しながら、その肩書記載に「連合国最高司令官に代りて」などの資格表示を欠いているけれども(このことは当事者間に争がない。)その形式及び趣旨にてらして、連合国最高司令官の機関として連合国最高司令官総司令部民間財産管理局管理官代理歩兵大佐E・C・ミラーが日本政府法務府あてに発したもので、連合国最高司令官の日本政府に対する要求事項を掲げた命令文書であることにかわりはない。また、本件覚書が日本政府の連合国最高司令官総司令部民間財産管理局に対する積極的働きかけに応じて発せられるにいたつたいきさつが原告主張のとおり(事実二)であるとしても、日本国のポツダム宣言の受諾に伴い連合国最高司令官が独自の権限にもとづき日本政府に対して本件覚書事項の実施を要求した事実は、右のいきさつによつて、これになんら消長をきたすものでありえない。
そして、ポツダム宣言を受諾した日本国としては、もとより本件覚書についてその効力の有無を審査し、判断する立場にないし、本件覚書に係る要求事項を実施するためには、本件政令三二七号を制定公布するほか途がないことも右要求事項自体によつて明白であるから、本件政令三二七号は、「ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件」(昭和二〇年九月二〇日勅令五四二号)にもとづき政府がポツダム宣言の受諾に伴い連合国最高司令官のなす要求に係る事項を実施するため特別に必要がある場合において所要の定めをなしたもの(いわゆるポツダム政令)におかならないといわなければならない。したがつて、それが日本国憲法に違反するものであるか否かを問わず、本件政令三二七号は、その効力を有するものとなすべきである原告の主張は理由がない。
そうすると、本件政令三二七号の公布施行により、すなわち「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令」(昭和二三年八月一九日政令二三八号)二三条四項、一条から三条まで及び付則(昭和二四年九月八日政令三二七号)一項の規定の適用により、本件建物は、昭和二四年九月八日に国庫に帰属したといわなければならない。
以上述べた理由により、本件政令三二七号の無効を前提とする原告の本訴請求は失当であること明らかであるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中川幹郎 浜秀和 前川鉄郎)
別紙一<省略>
別紙二
覚書
連合国最高司令官総司令部民間財産管理局
APO 五〇〇
三八六、七(昭和二四年八月二三日)CPC/PLD昭和二四年八月二三日
覚書 あて先 日本政府法務府 日本東京
件名 軍人会館に所属していた資産の回収の件
一、左記参照のこと。
A 昭和二三年三月一日付連合国最高司令官総司令部発日本政府あて覚書、AG三八六、七(昭和二三年三月一日)CPC/CD、SCAPIN一八六八、件名「解散団体所属財産の処分に関する件」
B 政令二三八号、昭和二三年八月一九日、件名「解散団体財産の管理及び処分等に関する政令」
C 昭和二四年八月四日付、AGO(3C)二八九号、件名「軍人会館の調査の件」
D 昭和二四年八月一五日付、AGO(3C)二九〇号、件名「解散した団体軍人会館の調査の件」
二、軍人会館に従前属していた財産で現在牛ケ淵報恩会が使用中の財産の回収に関する法務府の決定を承認する。
三、当該資産の接収に関する政令の公布前において資産の取引及び散逸を防止するため、法務府は、直ちに上記参照一B第六条をかかる財産に適用すべきである。
四、法務府はこの覚書の日付から六〇日以内に、全接収財産に関する「財産報告書」第一様式三通を、連合国最高司令官総司令部民間財産管理局に提出すべきである。
管理官代理
歩兵大佐 E・C・ミラー